思考の枠にとらわれる、思考の枠から自由に、といった表現があるが、ここで言う思考の枠は一体どこにあるイメージだろうか?
それは普通、心の中にあるイメージではないだろうか?
しかし、思考の枠が心の中に置かれた場合、思考の枠の外には、心の中と言いつつも無限の思考可能だが今は思考不可能な領域が存在しているイメージにならないだろうか?
その場合、思考の枠の外は今は思考不可能なのだから、そこに思考の枠から自由になる手がかりを求めることはできない。
結局、思考の枠にとらわれた状態(思考可能な領域の中)で、思考の枠から自由になるための手がかりを探すしかないということになる。
もし、思考の枠が心と環境(心以外の領域)との境界線上にあるイメージならどうだろうか?
この場合、思考の枠にとらわれるとは心の中だけで考えること、思考の枠から自由にとは心の中だけでなく環境も使って考えることと解釈できないだろうか?
環境思考における環境とは、頭の中以外の全てである。
環境思考とは、環境との相互作用を積極的に利用して考えることである。
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